『沈まぬ太陽』

fai22009-11-06

この秋、最も期待した映画だった。
山崎豊子氏の作品の中で唯一原作を読んでいない。なぜかというと、アフリカから始まった物語がえらい長かったから。

そのため、今回初めて映像で物語の全容を知った。
ふうむ。こういう話だったのか・・・。

映画は確かに大作で、結構な出来ばえでした。

でも、この映画からいったい何を感じ取ればいいのだろうか・・・。
どんな人に、どんな感動を与えたいのだろうか・・・?

はっきり言って、山崎氏の作品では、内容的にも映像的にも、テレビドラマの『大地の子』や『白い巨塔』、『華麗なる一族』のほうが心に残る名作だと思った。
もしかして、『沈まぬ太陽』も連続ドラマにしたほうが良かったのか?

ああ、なるほど、これは社会的にテレビドラマにはかなり難しいかもしれない。
謙さんがプレミアの時、えらい男泣きしているのを情報番組で見て、???と不思議だったのだけど、なんとなく事情が分かった気もする。

さぞ、映画化も大変だったことでしょう・・・。
たとえフィクションだとしても、誰が見てもすぐどこか分かる、ある大会社の経営の根幹を具体的に描いているのだから。もともと国営企業とまでささやかれていたこの会社も、現在は大っぴらに国の補償を得ているわけで、すでに民間企業とは一線を画した位置にある。そんな時期だから映像にできたのかも。


上映時間は3時間以上と長く、途中、10分間のインターバルがありました。
この休憩があまりに唐突だったのには、ちょっとビックリ。BGMや映像の処理もなく、テレビ番組のCMに慣れている身としては何の前フリもないインターバルにふいをつかれた感じでした。映画の制作時には、途中で切って上映することは決まってなかったのかもですね。

ある航空会社に勤務する東大法学部出のエリートの主人公恩地は労働組合の委員長時代に、会社側を追い詰めるような策略で労働闘争に勝利する。社員たちからは英雄のように讃えられるが、この力のある委員長は会社側から疎まれ、パキスタンのカラチを皮切りに、テヘラン、ナイロビと、長らくの僻地勤務に甘んじることとなる。そして、ついに日本へ帰国。その恩地に課せられた業務は、史上最悪の航空機墜落事故の犠牲者家族の世話役だった・・・

映画は、冒頭から航空機墜落の模様を描写する。わたしは映画が始まってものの10分の間に涙を流したのは初めてだった。それはこの映画に感動したのではなく、あの事故の痛ましさを思い出さされてだ。ジュニアパイロットで乗った小さな男の子や生後間もない赤ちゃんの表情などにより、御巣鷹山の惨事が昨日のことのようによみがえり、それだけで辛い涙が流れた。この場面を映画の最初に持ってくるとは・・・。これはかなりあざといやり口だ。現実にあの事故を知っている人間なら誰しも胸が締め付けられるに違いない。
おかげで、その後の恩地の苦悩や戦いは、わたしの目にはそれほどたいしたことには感じられなかった。どんなに会社の中で理不尽な思いをしようが、会社側や新労組と戦ったところで、所詮、みな同じ大企業の看板をしょって、世の中的にはエリートとして生きているのだから。勤務先も僻地といえども、その生活自体は保障されているわけだし、かえって自由でノビノビ暮らしている感じさえした。別に恩地じゃなくても、大きな組織のサラリーマンにとって転勤や家族別居なんて当たり前。一般的にはカラチよりはサンフランシスコが派手そうでご栄転だろうけど、私の回りにはアメリカ勤務なんて死んでも行きたくないって人も結構いる。まあ、東大出て、航空会社に勤めるような人だとやはりアメリカをめざすのでしょうが。そういうエリート志向の人が労働組合に入ってああも大っぴらに活動することじたい、不思議。アカなんて言葉久々に聞いたけど、昭和はまだそういう時代だったのだから。渡辺謙さんはいつものように熱演していましたが。

映画の後半は、政界もからんできて企業はますます迷走する。そんな中、己の矜持を持ち続ける恩地もまた組織の中で勇躍する。成長期は複雑だった子供たちもだんだん父親を理解するようになり、家族関係も修復されていた。鈴木京香の妻役は大変昭和的で美しい。

物語中、最も共感できたのは宇津井健の役柄。老齢の身で事故により一挙に家族を失った。言われもない喪失感と絶望感。一体何の罰があたったというのか・・・。慰謝料などいらない。補償金も必要ない。逝ってしまった家族と己の魂を慰めるためにお遍路の旅に出る・・・。この人間の気持ちには時代など関係ない。普遍的な人の心だ。しかも宇津井健さんの淡々とした演技にはリアリティがあふれている。本当に素晴らしい。そして、宇津井健さんの後進とも言うべき三浦友和さん。彼の行天役もとてもよかった。とつとつと、特に熱するでもなく、不倫もするし、企業と自分の出世のために手も染めていく。絶対、最もいそうな会社員だ。しかも、三浦友和は企業の役員など演じるのに体格もちょうどいい。実際の会社にスマートな人たちばかりはいないものだ。本物の東大出の香川照之もこの映画では抑え気味でいい味を出している。彼が行天の指示で株主優待券を金券ショップにごっそり持って行き換金するシーンにはこの航空会社の腐敗の現状を見せ付けられたようでかなりゲンナリした。

ラストシーンの赤い太陽、アフリカの大自然、決して希望の任地ではないにせよ、大自然の営みは人を癒し、そこへ帰結するのは理解できる。なので、ふつうはここでもっと感動するはずなのだが、ちょっととってつけた感あり。『風とともに去りぬ』じゃないけど、せめて中盤に恩地がアフリカ時代に赤い夕陽を見てなにか感ずるものがあったシーンなどあれば違ったかも。

以上、思い起こされる事をつらつらと書きましたが、これだけ書きたくなるくらい、大変見ごたえのある興味深い作品でした。

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