『断背山』

 中華圏に旅行したあとや、仕事やプライベートで中華ものイベントが続きまくったりすると、ものすごーく全然違うものに浸りたくなる。映画を見るとしても洋画か邦画。それから今はとにかく読書に浸っているかな。
 『断背山』の原作はとてもよかった。翻訳本なのに大変美文で、映画と同じように浸りこんだ。視覚的にはアン・リー監督にブロークバックの山々の景色を刷り込まれていたので、本の1ページ目から、もうイニスとジャックが山を背にして風の中に立つ姿が目に浮かんだ。イニスとジャックはカウ・ボーイとロデオ騎手の男同士だが、私には二人の性別は余り関係ない。男と女の心情でだって理解できる。ただそこにあまりタブーが無いだけで。
 決して恵まれた環境で育ったわけではない二人が仕事を探してやってきたことで偶然知り合い、閉ざされた山間のキャンプで仕事や生活を共にするうち、二人の間に友情以上の感情が芽生える。相互求愛するふたりの美しい魂、その住処は楽園となったわけではあるが、そんな日々も長くは続かず、仕事を追われた彼らはそれぞれ離れ離れに暮らすしかなかった。二人は別の土地で結婚し、子供にも恵まれ、新たな幸せな暮らしが始まっていくかに感じていたが・・・。彼らがブロークバック・マウンテンでの思い出に縛られ、懐かしみ、再会し、苦しみ、背を向け、そして諦める・・・長い年月における情念と葛藤の奇跡が静かに淡々と語られる。物語の展開にはやるせなさを感じるけれど、ラストシーンのイニスの言葉とまなざしは、私の最も好きな種類の愁いがあり、本当に心に残る。