『レディ・ジョーカー』

きのうは遅い昼食にあわせて有楽町の新嘉坡式肉骨茶餐室へ行き、バクテー定食を食べた。マリオンの駐車場口のななめ前にあるこの店は何度も前を通ったことがあったが入ったことはなかった。ミスティちゃんに連れて行ってもらい、12月末になくなるということを知り、せっかく雰囲気があるのに残念だなあと思った。お店の人の話では都市再開発でこの店が入っているビル自体がなくなるらしい。ちなみにその土地は丸井が買ったらしい。

レディ・ジョーカー』を見た。
原作は読んでいないのだが、高村薫だし、渡哲也主演、吉川晃司と徳重聡が出演しているから、まちがってもダメダメってことはないだろうと思って新宿トーアに見に行った。
たしかに、だめだめではなかった。冒頭の吹雪の寒村のシーンからずっと引き込まれてスクリーンを凝視しながら見た。あの重厚な本、しかも二段組、上下巻の小説の映画化だ。たった2時間の映像の中で一瞬でも気を抜くと大切なカットを見逃すかもしれない。真剣に見た。
なるほど、こういうストーリーだったのか。「マークスの山」で登場した合田刑事(徳重)は所轄の刑事として登場、対する敵役の刑事が吉川。一市井の人として登場する渡。そして、大企業、政治家、マスコミ、総会屋、株屋、板金工、などありとあらゆる多彩な人物が、ある事件を核に放射線のように描かれている。その事件、ビール会社社長誘拐とは、明らかに「怪人21面相」で世を騒がせた江崎グリコ事件を材にとっているのだが、物語は、大企業経営、警察機構、人権、差別、等々、それだけで一冊の本になるような題材があまりにもぎっしりつめこまれていて壮大すぎる。もちろん、高村薫の小説には緻密に登場人物の背景や心情が描写されているのであろうが、これをたった2時間の映像ではとても描ききれない。
見終わったとき、重い荷物を背負わされたまま、置き去りにされたようで、なんだか呆然としてしまった。私の中にはまだたくさん未納得部分が残ったままだった。(ひぃえ〜、ダメだ、私こういうのにいちばん弱いの。スッキリしたいの。誰か私に手を貸して。ああ、もうここは高村さんに頼るしかない。すぐに本屋に寄って小説を買って帰ろうかと思った。劇場で売っていたら、買っていたかもしれない。)
しかし、むしろこの重厚な作品を平山秀幸監督はわかりやすくあっさり紹介することに成功していたのかもしれない。映像で物足りない部分は小説を読めば、ある程度満足がかなうはずだろうから。(かなうよね?)

渡哲也演じる物井は静かで落ち着き払っていて、とても大事件の首謀者の形相とは思えない。そんな彼がただ一度声を震わせて言った「なるようにしかならない人生を送るしかない人間もいるのだ」という言葉がいちばん心に残る。そこにはある一つの社会の中でジョーカーを与えられてしまった人間の憤懣や鬱屈が満ち溢れていた。ラストも冒頭と同じ吹雪の寒村が映し出されるが、人間が抱える深い業を思い知らされた後では、一層どんよりと暗く厳重な感があった。

しかし、この方のご意見はかなり最もです。
http://d.hatena.ne.jp/otello/20041217